「自分に合った働き方って、結局どうやって選べばいいんだろう」
そう検索してこのページに来た人は、たぶんもう気づいているのではないですかね。
会社員かフリーランスか、その二択だけで答えが出るほど、話は単純じゃないと。
こんにちは。シオタニアキラ(@akiraaaaa_man)です。
僕は京都でエステサロン経営を裏で支えつつ、SNSやマーケティングの相談に乗る仕事をしながら、オンラインサロンも運営しています。
会社員も経験しましたし、今は自分で仕事をつくる側にいます。その両方を経験して、いまの僕は仕事観の1つとして
「自分に合った働き方とは、欲しいメリットだけで選ぶものではない」
という持論を持って生きています。自分がどんな不自由を受け入れ、どんな責任を引き受けられるかまで含めて選ぶものだと。
会社員は不自由で、フリーランスは自由。そんな単純な話にはしません。どちらの働き方にも、得られるものと、引き受けるものの両方がありますので。
この記事では、その中身を一つずつほどきながら、僕自身の仕事観をお伝えします。
「自由に働きたい」も「収入は減らしたくない」も、否定しません
まず、はっきりさせておきたいことがあります。
1日8時間、週5日も働きたくない、という感覚は、ただの価値観です。それでも生活に困らない収入はほしい、という願いも、ただの願望です。
どちらも、他人に否定される筋合いはありません。
ただ、その先に一つ、見落とされがちな条件があります。
その願いを叶えるために、自分の考え方も、スキルも、働く場所も、何一つ変えたくない。そのうえで、社会や会社にだけ「変わってくれ」と求めるのは、正直かなり都合がいい話だと僕は思っていて。
この記事を書く直前に、僕はThreadsでこんな投稿をしました。
「1日8時間、週5日も働きたくない」は価値観の話。別に自由です。
「それでも生活に困らない収入は欲しい」は願望。これも自由です。でも、その条件を満たすために、自分の考え方も、スキルも、働く場所も変えたくない。社会や会社だけ変われと言うのは、さすがに都合がよすぎやん。
僕は、働く時間が長いほど偉いとは思わない。
ハードに仕事に取り組む時期もあると思う。でもそれを軌道に乗せて、「やるべき作業」はAIに任せて自分は「やりたい仕事」に時間を使う。今はそんな働き方もできるようになってきてるし。
ただ、自分が望む生き方のために何を変え、何を引き受けるかは、自分で決める必要がある。
働き方を選ぶ自由には、選んだ結果を引き受ける責任もついてくる。
引用元:https://www.threads.com/share/GE0sWbkCu/
このThreadsの投稿で僕が言いたかったのは、「ガマンして長時間働け」ではなくて。
僕は、働く時間が長いほど偉い、とはまったく思っていません。時間の長さは、努力の証明にはならない場合も多々あるんですよね。
努力とは、量をこなすことじゃない
努力という言葉を、僕は「量」で測っていません。
目的に対して、本当に必要なものを引き受けること。それが、僕の考える努力です。
なので、ハードに仕事へ向き合う時期があってもいいとも思っています。実際、僕自身にもそういう時期もありましたし、何か新しいことをするときにはそういうフェーズは必ずあると思っています。
ただ、それを一生続けることとは、まったく別の話ですね。
軌道に乗せたら、「やるべき作業」は手放していいと思うんです。今なら、その手放し先の1つにAIを活用するという方法だってありますし。
僕自身、以前は「AIが発達するほど、人間らしさが大事になる」と考えていました。
でも実際に、調査や整理、分析や構成をAIに任せるようになってから、問いの立て方が変わったんです。「AIに何を奪われるか」ではなく、「自分は何をAIに渡して、空いた時間を何に使うか」というふうに。
僕が時間を使いたいのは、人を知る時間、人と向き合う時間、そして最後に自分で決める時間です。人間にしかできないからやる、ではなく、自分が人間としてそれをやりたいからやる。
それが、今の僕のスタンスです。
この考え方の変化については、以前「AIをフル活用して分かった。人間らしさは『できないこと』じゃなかった」でも、もう少し掘り下げて書きました。
根性で磨くより、戦場を変える
もう一つ、努力について思うことがあります。
「できないことを、根性でできるようにする」それも1つのやり方ですが、最近は僕もあまり選ばなくなりました。
(昭和のおじさんでもそうやからイマドキはもっとそう思っているはずやろ?)
それより、すでに人から選ばれてきた強みが、そのまま生きる場所へ移るほうが早い。
戦い方を変えるのではなく、戦場ごと変えるイメージです。
苦手を克服する時間を、得意を伸ばす時間に置き換える。これも、努力の中身を選ぶという意味では、同じ話だと思っています。
会社員とフリーランス、それぞれが引き受けているもの
「会社員は不自由で、フリーランスは自由」
よく聞く言い方ですが、僕はこの整理に賛成できません。どちらも、得られるものと、引き受けるものが、セットになっているからです。
これもThreadsで、この感覚をブログを書く前にそのまま書きました。
会社員は不自由でフリーランスは自由とか言うけど、そんな単純な話ではなくないですか?
会社員は、ある程度安定した収入や保障を得られる代わりに、働く時間や仕事内容を自由に決めにくい。
フリーランスは、それらを自分で決められる代わりに、仕事がなくても収入が不安定でも、自分で何とかする必要がある。自由が増えれば、責任も増える。
なので、「働き方を選ぶってのは、欲しいメリットだけを選ぶことではない」と僕は思うんです。
「どんな不自由なら引き受けられるか、そしてどんな責任なら背負えるか」まで含めて選ぶことだと。「安定は欲しい。でも会社には縛られたくない」
「自由に働きたい。でも収入は誰かに保証してほしい」気持ちは分かるけど、自由と安定は都合よくセット販売されてはいないんですよね。
引用元:https://www.threads.com/share/FbjnguS6X/
会社員かフリーランスか、という問いの立て方自体を、僕は少しズラしたほうがいいと思っています。
どちらが自由か?ではなく、自分はどちらの不自由となら向き合えるか?
その問いのほうが、実際の選択には近いはずです。
働き方を選ぶとは、欲しいメリットだけを選ぶことじゃない
働き方を選ぶというのは、欲しいメリットだけを選ぶことではありません。
どんな不自由なら受け入れられるか。そして、どんな責任なら引き受けられるか。そこまで含めて選ぶことです。
これは、働き方だけの話にとどまりません。
僕がコンサルをしている現場でも、同じことをよく感じます。
売上が思うように上がらないとき、多くの人はまずノウハウを探します。でも、僕がまず疑うのは、ノウハウの前にある「在り方」の部分です。
本当にこの状況を変えたいのか。
そのために、何を優先しているのか。
クライアントを見ていても、ノウハウが効かないのではなく、優先順位がまだ定まっていないケースが案外多いんですよね。
働き方を選ぶときも、同じことが起きます。
「自由になりたい」と言いながら、収入の変動という不自由には向き合いたくない。「安定したい」と言いながら、時間や裁量を差し出すことには抵抗がある。
それ自体は、悪いことではありません。
ただ、そこで止まっている限り、働き方はいつまでも変わらないというだけですね。
何を優先し、何を諦め、何を引き受けるかを、自分で決めた時期
少し、僕自身の話をします。
僕には、飲食店の開業を目指していた時期に、その予定を断念した経験があります。
理由はともあれ、急に借金を抱えてしまい、その返済を優先すると決めて、本業以外に新聞配達とコンビニの仕事を掛け持ちしていた時期がありました。
正直に言うと、この話を苦労自慢として語るつもりはまったくありません。それに長時間働いたことが偉い、とも思っていません。
あの時期に大事だったのは、働いた時間の長さではなく、何を優先し、何を諦め、何を引き受けるかを、自分で決めたということです。
当時は、「好き」で選べるような状況ではなくて。
それでも、その状況で何を優先するかは、自分で決めました。苦しい時期ではありましたが、ただ耐えていたのではなく、返済を終えるという目的に向かって必要なものを引き受けていたんです。
そして、あの働き方を、一生続けるつもりも(当然ですが)ありませんでした。
必要な時期に、必要なものを引き受ける。
それが終われば、また選び直す。
働き方というのは、その繰り返しでいいと僕は思っています。
自分で変えられないものと、変えられるのに諦めていることは別
こんな話をすると、「結局は自己責任論か」と感じた人もいるかもしれませんが、そうではありません。
長時間労働が前提の職場や、正当な対価が支払われない構造、そういった問題は、個人の努力だけではどうにもならないことが、たしかにありますし、社会や会社、雇用環境の側に変わってほしい部分があるのは、僕も否定しません。
ただ、自分では変えられないものがあることと、自分で変えられる部分まで放棄することは、別の話です。
考え方を変えること。
スキルを身につけること。
働く場所や関わる相手を選び直すこと。
これらは、社会が変わるのを待たなくても、自分の選択次第で動かせる部分です。
僕がこの記事で伝えたいのは、「自分の人生の主導権を、もう一度自分の手元に取り戻す」ということです。今回は仕事観、働き方についてですが、他人が敷いたレールをいつもあとからついていくような人生ってつまらないって思うんですよね。
自分では変えにくいものを見極めながら、変えられる部分は自分で引き受ける。その両方があってはじめて、働き方は選び直せるようになります。
仕事は、お金を得るためだけの手段じゃない
もちろん、生活するためにお金を得ることは、仕事の大切な役割です。僕もそこを否定するつもりはありませんし、そこは必死になれよと思っています。
ただ、僕にとっての仕事はそれだけではありません。人に価値を渡し、信頼を積み重ね、関係をつくっていく行為でもあって。
とくに、誰かをサポートする仕事では、このことを強く意識しています。今、従事しているコンサル業もそうですね。
コンサル業は、答えを与えて依存させることではありません。
相手が自分で考えて、自分で決められる状態をつくること。それが、僕の考える支援です。
コンサル業に限らず他人の課題や悩みにお応えする仕事において、最適解を渡し続ければ、その場では喜ばれるでしょう。
でも、それは相手から「自分で決める力」を奪うことにもつながるわけで。
なので僕は、相手が自分で選べるところまでを一緒に整えて、そこから先は本人に委ねます。
これは、働き方を自分で選ぶという、この記事全体のテーマとも重なる話です。
僕にとって働くとは
僕にとって働くとは、自分が望む未来のために、何を優先し、何を諦め、何を引き受けるかを決めることです。
会社員を選ぶのも、フリーランスを選ぶのも、その間のどんな働き方を選ぶのも、正解は一つではありません。大事なのは、その働き方が与えてくれるものだけでなく、引き受けることになる不自由や責任まで、自分の意思で選べているかどうかです。
自由とは、何の責任も負わずに、好きなことだけをすることではありません。選んだ結果を引き受け、必要ならもう一度選び直せることです。
一度選んだ働き方に、一生縛られる必要はありません。状況が変われば、優先するものも変わります。
そのときはまた、何を諦め、何を引き受けるかを、自分で選び直せばいい。その自由だけは、誰にも奪われていないはずです。
よくある質問
自分に合った働き方が分からないときは、何から考えればいいですか?
先に「何が欲しいか」ではなく、「どんな不自由なら受け入れられるか」から考えてみてください。
欲しいものの一覧を作るより、譲れない不自由と、譲れる不自由を分けるほうが、実際の選択には近づきます。
会社員とフリーランス、結局どちらがいいのでしょうか?
どちらが優れているという答えはありません。
会社員は安定や保障を得る代わりに時間や裁量の自由度が下がり、フリーランスは自由度を得る代わりに収入の不安定さを自分で引き受けます。
自分がどちらの不自由と責任なら引き受けられるかで選択するのがいいと思います。
自由な働き方に憧れますが、収入が不安定になるのが怖いです。それでも目指すべきですか?
一概に、目指すべきとは言えません。
まずは、怖さの正体である「収入の不安定さ」を、自分がどこまで引き受けられそうか具体的に見積もることが必要です。
それを見積もらないまま自由だけを求めると、責任の部分でつまずきやすくなります。
「働き方を選ぶ責任」とは、具体的にどういう意味ですか?
選んだ働き方によって生じる結果を、社会や会社のせいだけにせず、自分でも引き受けるという意味です。
ただしこれは、社会や会社側の問題を認めないという意味ではありません。
変えられない部分は認めたうえで、自分で変えられる部分まで手放さない、というスタンスです。
※働き方や仕事観について、ここでは書ききれなかった各論は、これから1つずつテーマごとに掘り下げていく予定です。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
僕のLINEオープンチャットでは、このような問題提起をもとに、メンバー同士で意見を交わすこともありますし、そこで出た意見や新しい視点を踏まえて、僕自身の考えをブログにまとめることもあります。
賛成意見だけを求めているわけではありません。反論から新しい視点が見つかることもありますし、それぞれが自分の意見を研ぎ澄ます場所になればと思っています。

まずはSNSで交流してから。クローズドな環境は守られた環境でもあるので、ご理解ください。




















