こんにちは。シオタニアキラ(@akiraaaaa_man)です。
唐突ですが、芸人の千原兄弟、知ってますか?
僕はあの二人をテレビで見ていて、前々からずっと思ってたことがあるんですが。
兄の「せいじ」(以下呼び名に合わせて敬称略)は、人見知りとはまるで真逆な人っていう印象。初対面でもズケズケ入っていくし、人の懐にスパッと入り込む。
一方で弟の「ジュニア」(以下呼び名に合わせて敬称略)は、お笑いのことをものすごく深く考えている印象はあるけど、人との関わり方でいうと、誰とでもすぐ仲良くなるタイプには見えません。
この兄弟ってこれでもかっていうくらいにキャラが違ってるんですよね。兄弟なのに。
その千原ジュニアが、以前テレビで「ミーハー加減」と「オタク加減」という言葉を使って話しているのを見たことがあります。
これを聞いたとき、僕は妙に引っかかったんですよね。
というのも、僕自身はどちらかというと「オタク加減」が強いほうなので。
大人数の飲み会は好きじゃない。20人と当たり障りのない話をするより、3〜4人でじっくり話したいタイプで、興味を持ったものも、広く浅く知って終わるより、一つのことを深く掘りたくなるんですよね。
ただ、SNSやマーケティングをやっていると、それだけでは足りないですね。
どれだけ専門性があっても、どれだけ一つのことを深く考えていても、きっかけ、入口がなければ知ってもらえないですし。
SNSなら、多少のミーハー加減がないと、そもそも見てくれる人が増えないんです。
だから当時、僕はこう考えました。
このThreadsの投稿を書いたのが2024年12月。上記の投稿をした後、Threadsでもひとり語りの考察をしていました。
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当時の僕のマーケティング視点での考察は、入口の情報収集はミーハー加減、そこから深く追求して、刺さるポイントを見つけ出すのはオタク加減、っていうものでした。
今も、この考え自体はそんなに変わってはいないんですけど、今はもう少し先まで考えています。
ミーハーみたいに広く拾って、オタクのように深く掘る。そして、拾って掘ったものを、自分の経験や仕事、目の前の人につなげる。
その繰り返しが、自分なりの視点をつくっていくんじゃないかと思っています。
専門性を高めるほど、見えなくなるものもある
オタク気質の性分は、専門性を磨くうえでは強みですが、放っておくとそのまま自分の世界に閉じこもってしまう自覚もあります。
専門家になればなるほど、自分の専門分野を見る解像度は上がっていきます。
それ自体はいいことではあるんですけど、専門性を高めれば高めるほど、逆に見えにくくなるものもあるんですよね。
SNS集客ならSNS、美容なら美容、マーケティングならマーケティング。
自分の専門領域の中だけにどっぷりと浸かっていると、たしかに情報は集めやすくなります。
競合を見て、同業者を見て、同じ専門書を読んで、同じ業界ニュースを追いかける。
それは真面目にやっている証拠でもあるんですけど、知識が深くなる一方で、発想や発信はだんだん同業者と似てくることもあります。
同じ本を読んで、同じニュースを追って、同じ人の投稿を参考にしていたら、そうなるのは当たり前と言えば当たり前ですが。
ここで必要になるのが、専門分野の外に興味を向ける力です。
僕はこれを千原ジュニアが言ってた言葉をそのまま借りて「ミーハー加減」って呼んでいます。
僕が考える「ミーハー加減」は、流行に飛びつくことじゃない
Threadsが流行っている。
AIが話題になっている。
あの投稿がバズっている。
ミーハー加減っていうと、こういう流行への反応の早さをイメージすることが多いでしょう。でも僕が言いたいミーハー加減は、そこじゃないんです。
誤解を招かないように言っておくと、ミーハー加減は「広く浅く付き合う」ことでもなくて。
実際、僕自身、広く浅い付き合いにはあまり意味を感じないタイプではありますが、大事なのは、「入口は広く、関係は深く」ってことだと思っています。
SNSなら、こんな順番です。
たくさんの人と接点を持つ。
↓
その中の一部に「なんやこの人」と興味を持ってもらう。
↓
そこからさらに一部の人と、関係が深くなっていく。
僕がミーハー加減と呼んでいるものは、人との関わり方だけの話ではありません。
これは情報についても同じです。
いろんなものに興味を持つ。
↓
その中で引っかかったものだけを拾う。
↓
拾ったものに「なんでやろ」と深く掘っていく。
マーケティングでも、構造は変わりません。
市場や、いろんな人の声を見る。
↓
気になる声だけを拾う。
↓
そこから一人の人間まで掘っていく。
分野は違っても似た構造です。
入口が広がれば、深く付き合える人と出会う機会も増えます。これは、広く浅く付き合うためのミーハー加減ではなく、深く付き合える相手に出会うためのミーハー加減なんです。
僕が考えるミーハー加減とは、「自分の専門外にも『なんでやろ?』を向けられること」です。
- 新卒社員がすぐ辞める、というニュースを見て、組織のコミュニケーションについて考える。
- 定時で帰る若手が増えている、という話から、仕事観そのものを考える。
- 千原ジュニアのテレビでの一言から、マーケティングを考える。
- サロンのお客さんとの雑談から、SNS集客のヒントを拾う。
自分の専門とは関係ない出来事にも、「なんでやろ」と興味を向けて、引っかかったものを拾っておく。そしたら、あとから自分の仕事やテーマとつながることがある。
これが僕が思う「ミーハー加減」です。
流行に敏感かどうかより、専門外に興味を持てるかどうかの話だと僕は考えています。
拾っただけなら、ただのミーハーで終わる
ただ、拾うだけで終わったら、それはただのミーハーですね。
「AIって大事ですよね」
「最近の若い人は〇〇ですよね」
「Threadsが伸びてますね」
こういう感想で止まってしまうと、せっかく拾った意味がありません。
ここから、
なんでやろ。
本当にそうか。
自分の場合はどうか。
別の場面でも、同じことが起きていないか。
と、その点に向かって掘っていく必要があります。
これが「オタク加減」です。整理すると、
ミーハー加減は点を拾う力です。
オタク加減は、その点に「なぜ」を向けて掘る力です。
この2つは、優劣の話ではなく役割が違い、拾う力だけでは、ただの情報収集で終わります。逆に掘る力だけでは、そもそも自分の専門分野の外に出られません。
ただ、拾って掘っただけでも、まだ途中です。掘り出したものを、自分の経験や仕事、目の前の人につなげて、初めて自分なりの視点になるんです。
拾う。掘る。つなげる。ここまでできて、自分の視点になります。
マーケティングでは、拾って掘って「人」まで見る
これをマーケティングに当てはめると、もう一段掘るべき場所があって。
「40代女性は〇〇に悩んでいる」
「経営者は採用に困っている」
「SNS運用者はフォロワーが増えなくて悩んでいる」
こういう情報は、リサーチをすればいくらでも拾えますが、これではまだ拾った段階でしかありません。
なんで困っているのか。
いつ困っているのか。
何を試して、なぜうまくいかなかったのか。
本当はどうなりたいのか。
ここまで掘ってはじめて「市場」や「ターゲット」と呼んでいたものが、1人の人間として見えてくるんです。
数字やアンケートの結果は、人を理解するための材料で、人を数字に置き換えるための材料ではありません。
以前、市場調査について書いた記事でも同じことを書きましたが、検索ボリュームや競合分析の数字だけを見ていると、その奥にいる人の顔がだんだん消えていくんですよね。
「勝てる市場」の前に|その市場、誰の顔を思い浮かべて調べてるん?
拾って、掘って、最後は目の前の1人につなげる。
マーケティングにおける僕のミーハー加減とオタク加減は、この1人にたどり着くための往復です。
発信も「専門知識」より、その人の頭の中がおもしろい
発信やコンテンツメイクにも、同じ話がつながります。
専門知識そのものは、今は検索でもAIでも手に入る時代です。だから発信で価値になるのは、「何を知っているか」だけではなくなってきていて。
今は「この人は、この出来事をどう見るのか」の方に、価値が出てきていると僕は感じています。
発信のネタも、専門分野の中だけから探す必要はありません。
日常、仕事、人との会話、ニュース、テレビ、SNS、自分の失敗、なんとなくの違和感。材料は、専門分野の外にいくらでも転がってるんです。
そこから、「これって、あの話と同じちゃう?」と自分の経験や専門分野につなげる。その接続の部分に、その人だけの視点が出ます。
考えを深めること自体は、今はAIに手伝ってもらうこともできるじゃないですか。
でも、日常の何に引っかかるか、それを自分のどの経験につなげるかには、その人が何を見てきたかがそのまま出ます。
同じニュースを見ても、同じ本を読んでも、そこから何を拾って、どこにつなげるかは人によって違う。
ここが、一番その人らしいところだと僕は思っています。
ただ、この視点を掘り出せたとしても、それをどう届けるかはまた別の話です。
せっかく自分なりに掘って出した視点も、書き手の「役立つつもり」で終わってしまうと、読者には自分の話としてなかなか受け取ってもらえません。
これは発信の話として、noteにも記事を書いています。
「役立つ投稿」を書いているのに反応がない。その「つもり」が一番厄介です。
広く拾って、深く掘る
今日の話はミーハーとオタク、どちらが優れているかという話ではなく。
自分の外側に興味を持つ。
↓
気になったものを、自分なりに「なんでやろ?」で掘る。
↓
そして自分の仕事、経験、目の前の人につなげて考える。
というのが理想だなと僕は思っていて。
広く拾うだけなら、それはただの情報収集で終わりますし、深く掘るだけなら、自分の世界から出られなくなるので、バランスが必要だなと思うんですよ。
僕はもともと、オタク加減の方が強い人間ですが、それでも、というより、だからこそ、入口の広さの大事さを後から思い知りましたね。
広く浅く薄っぺらい付き合いにはあまり興味はありません。でも、深く付き合える人に出会うためにこそ、入口は広い方がいい。
数より質なのは今も変わりません。でも、いい関係になれる人と出会うためには、そもそもの母数も必要。それが僕の今の実感ですね。
このあたりは、以前フォロワー数について書いた記事でも同じことを考えていました。
誰とでもあたりさわりのない会話で満足するかというと、僕は物足りなさを感じます。
それでも、いい関係になれる人と出会うために、間口を広げることには取り組んできました。
それもこれも、深くて濃い人間関係を作るためです。
きっかけは浅くても、そこから先、興味を持ってくださる方に対して、僕からも深く掘り下げるコミュニケーションは、昔からずっと得意でやってきてるので。
ここまで読んでくれてありがとうございます。




























