こんにちは。シオタニアキラ(@akiraaaaa_man)です。
SNSでは、「フォロワーを増やしたい」という声もあれば、「数より質」という声もあって、正直どっちが正解なんだろうって考えたことないですか?
今日は、このどちらとも少し違う、僕自身のフォロワーに対する感覚について書いていきます。
「フォロワーは少なくていい」に、一度救われたことがある
「フォロワー数なんて関係ない」
「少ないフォロワーでも売れる」
「数より質」
SNSを見ていると、こういう言葉によく出会います。
僕自身も、この考え方には同意しています。フォロワーの数を大きくして、権威みたいなものを見せたいわけではありません。数字そのものを目的にはしていません。
だから最初は、この記事も「数より質ですよね、わかります」で終わるはずでした。
ただ、正直に書きます。
僕は今も、フォロワーを増やしたいと思っています。
「数を目的にしない」と言いながら、増やしたい気持ちは消えていません。これってなんだか矛盾してるみたいですよね。
でも、この言葉のままだと、たぶん説明できないことがある
「数より質」という言葉、便利なんですよね。僕も以前、フォロワーが伸び悩んでいるときには、この言葉があるだけで、ずいぶんラクになった記憶があります。
でも、この言葉のまま何年も止まっていると、たぶん説明できないことが出てくるんですよね。
「じゃあ、今のフォロワー数のままでいいんですか」と聞かれたとき、パッと答えられるでしょうか。
僕は答えられませんでした。「質が大事」とは思っていたのに、「じゃあ今の人数で満足してますか」と聞かれると、素直に「はい」とは言えない自分がいたんです。
ここに、たぶん何か見落としがあります。
「目的にしない」と「増やさない」は、実は別の話だった
考えているうちに気づいたのは、これでした。
「フォロワー数を目的にしない」と「フォロワー数を増やさない」は、同じ話じゃない。
「目的にしない」は、数字を最終ゴールにしないという話です。フォロワーが1万人になること自体は、僕にとってのゴールじゃありません。
「増やさない」は、手段としての数字そのものを放棄する話です。これは、まったく別の主張なんですよね。
僕は前者には同意していますが、後者には同意していません。「数より質」という言葉を聞いたとき、なんとなくこの二つを区別することなく受け取ってしまっていたんだと思います。目的にしないなら、増やさなくてもいい。そう考えるのが、一番シンプルでラクなので。
でも、目的と手段は、別のレイヤーの話です。目的にしていないものでも、必要な手段として使うことはあるでしょ?
何人いればじゅうぶんかは、誰と出会いたいかで変わる
じゃあ、フォロワー数という手段は、何のために必要なのか。
これは、「何人いればじゅうぶんか」を先に考えるものじゃなくて、「誰と、何のために出会いたいのか」から逆算するものじゃないかと今は思っています。
たとえば、広告収益を得たい人と、地域のお客様と出会いたい人では、必要な母数がまったく違います。商品を売りたい人と、同業者とつながりたい人でも違うし、自分の考え方に共感してくれる人とだけ話したい人なら、もっと違う数字になります。
同じ「フォロワーを増やす」でも、目的によって意味が変わるんです。
これって、僕のThreadsの投稿にも表れています。普段の軸になる投稿とは別に、意図的に広く届くことを狙う投稿を出すことがあるので。
もちろん、投稿ごとに役割がきれいに分かれるわけではありません。ただ、今いる人との関係を大切にすることと、新しい人に届く可能性を広げることは、同じSNSの中でも別々に考えています。
目的が違えば、必要なリーチも変わる。
だから僕は「何人いればじゅうぶん」という数字だけでは考えていません。
「質の高いフォロワー」という言い方も、たぶん違う
ここまで書くと、「じゃあ質の高いフォロワーを集めればいいんですね」と言われそうですが、これも、たぶん少し違います。
「質が高い」という言い方は、人間そのものにラベルを貼っているみたいで、あまり好きじゃありません。
大事なのは、質じゃなくて関係性です。
- その人が自分の発信とどんな関係にあるのか
- なぜフォローしてくれているのか
- どんな接点が生まれているのか
これは、僕がオープンチャットへの招待をどうしているかにも表れています。無差別に広げるのではなく、すでにコメントやライブ、Threadsでのやり取りなど、何らかの接点があった人に届くようにしています。
これは、その人たちを「質が高い」と評価しているわけじゃなくて。
すでに何かしらのやり取りの履歴がある人の方が、届けたときに意味のある招待になるからです。
マーケティングの本質は「相互理解」で書いたことと、根っこは同じだと思っています。
数字は、そのままでは何も教えてくれない
数字自体を否定したいわけではありません。フォロワー数も、リーチも、コメント数も、大事な情報です。
ただ、数字だけでは、その数字が生まれた理由までは分かりません。
同じ「コメント1件」でも、普段から読んでくれている人が考えを深めて書いてくれたものなのか、通りすがりで意見だけ置いていったものなのかで、意味はまったく違います。
勝てる市場を見極めるリサーチ術でも書きましたが、数字は人を理解するために使うもので、人を数字に置き換えるために使うものじゃないと僕は思っているので。
フォロワー数も同じです。数字が増えたこと自体より、その数字の向こうに、誰がいるのかが肝心なんです。
それでも、僕はフォロワーを増やしたい理由がある
なぜ僕はフォロワーを増やすのかという記事で、自分を必要としてくれる人、僕自身も興味を持てる人と出会える確率を上げたいから、と書きました。
ただ、ここまで考えてきて、もう少し正確に言えることがあります。
僕が本当に見ているのは、「母数」そのものじゃなくて、「今の広がり方が、目的に対して噛み合っているか」というところです。
噛み合っていないと感じたら、増やす。噛み合っていると感じたら、無理に増やす必要はない。増やしたい気持ちと、絞りたい気持ちは、そのときどきで同時に僕の中にあります。
ここまで考えてみて、もう1つおもしろいことに気づきました。
もしかして、「増やす」ことと「絞る」ことは、本当は反対じゃないのでは?
気になったら考えてみる、「なんで」を繰り返す性分なので、このことについては、また別の記事で深く書いてみようかな。

























